「消費税25%で世界一幸せな国デンマークの暮らし」 ケンジ・ステファン・スズキ2010年12月05日 13時16分

デンマークの社会と、そこに住む人々の暮らしを綴る。デンマーク国民が自らの国をどう感じているのか、政府が保障しようとしている暮らしとはどういうものかを明らかにする。

説明がとても分かりやすい。なんといっても、著者はデンマークに40年以上住んでいる。このリアリティーはすごい。話は、みな身近な人々の例に裏打ちされている。例えば、医療費についてはこうだ。

著者のお孫さんは、心臓に欠陥がある。今まで何回も手術をしている。その中の一回は、イギリスの専門病院でないと手術ができなかった。まだ小さいから両親も付き添わなくてはならない。子どもと両親の渡航費、滞在費、その間の休業補償、すべて公費負担である。
反面、風邪などには薬も出さない。歯医者も全額自己負担である。国民全員に家庭医が登録されており、家庭医の判断がなければ高度な医療を受けられない。ちなみに、病院のほとんどは国公立である。
福祉サービスの提供者も市町村であり、さらに教会も公立なので牧師は公務員である。

日本と最も違うのは、労働事情であろう。
デンマークでは職業教育が徹底しており、小さい頃から将来の職業を考えさせる。そして、教育を受けて資格を取らないと、その仕事はできない。我々の云う事務職でも、まず「事務補佐員」という資格を取らないとどこの会社にも就職できない。あらゆる総ての仕事に資格がある。そして、同一の資格で働いている限り、どの企業でも同一賃金である。どの会社に勤めても給料は同じなのである。そして、給料を上げるためには、上の資格を取らなくてはならず、そのためには上の学校に行かなくてはならない。
すべての教育は無償であり、入学試験もない。しかし、卒業するまでには大変な努力が必要である。そういう意味ではデンマークは学歴社会である。

あまりに日本と違いすぎてクラクラする。上に書いた以外にも、たくさんの制度が紹介され、制度の成り立ちや国民の考え方が考察されている。

先日のスウェーデンの本といい、こういう本が出版されるといいうことは、日本国民が、高福祉・高負担の社会の情報をほしがっている、と出版社が判断しているっていうことなんだろうなあ。

(角川SSC新書 2010年11月25日発行 760円+税) アマゾンへのリンク

「死刑でいいです」 池谷 孝司2010年12月04日 00時44分

2005年11月17日午前2時頃、大阪のマンションで27歳と19歳の姉妹が殺害された。犯人は、ナイフで滅多刺しにし乱暴した後、胸をひと突きしてしてとどめを刺し、さらに部屋に放火して証拠隠滅を図った。 犯人は山地悠紀夫、22歳だった。
山地は16歳のときに母親を殺した。
3年間を少年院で過ごし退院、しかし少年院での教育は次の事件を防ぐことはできなかった。少年院での医師の診断はアスペルガー症候群。裁判での鑑定は人格障害だった。
事件は山地の障害が原因だったのか、生育歴が原因だったのか。

池田小学校の児童殺傷事件の宅間守、奈良の小一女児誘拐殺人事件の小林薫、土浦市の連続殺傷事件の金川真大、そして秋葉原の無差別殺傷事件の加藤智大。
彼らは、なぜ反省の色を示さず、死刑でいいと言うのか。生まれたのが間違いだったと言うのか。

本書は、共同通信社による取材、記事が元となっている。通信社らしく、医師や弁護士に緻密に取材を積み重ねていく。やや表層的な感は否めないが、各専門家のコメントで多様性を出している。特に、発達障害者の自助グループの様子は、当事者の生の発言として示唆に富んでいる。

被害者を増やさないためにも、そして加害者を作らないためにも、社会は、私たちは何ができるのだろうか・・・。

(共同通信社 2009年9月28日発行 1400円+税)アマゾンへのリンク

「スウェーデンはなぜ強いのか」 北岡 孝義2010年11月24日 01時13分

スウェーデンっていうと、何となく「福祉の進んでる国」とか「税金が高い国」っていうイメージの人って多いんじゃないかと思う。

本書で描かれているのは、経済学者の目から見たスウェーデンの姿である。
スウェーデンにおいても少子化と不況の影響は大きい。高福祉・高負担の政策を維持するためには、国民に更に負担を求めなくてはならない状況は他国と同様である。そこでスウェーデン国民は目先の利益ではなく、制度が持続可能な、信頼するに足るものかどうかで判断する。

お~い、スウェーデン国民、何で君らはそんなにカッコいいのか。

我が日本国の民度がそれほど高いとは思えないが、この落差はなんなのか。
本書は、その原因の一つとして、国民の政府への信頼度を挙げる。スウェーデンにおける国政選挙の投票率は80%を超える。スウェーデンの政治家は、明確なビジョンを示し、全ての情報を開示する。国民はそれに基づいて議論し、判断する。
我が国においては・・・(以下省略)。
結果として、スウェーデンでは高福祉を選択し、女性の就業率が高くなるとともに、他産業への転職が容易になっている。
日本の現状を考えると、常勤就労し・自宅所有・貯蓄有りという階層が安定した生活と生活に変動があった場合の保障を確保しているのに比べ、非常勤・借家・貯蓄少額という層が極めて脆弱な生活基盤しか持っていないという二極分化になっている。
年金制度の将来像を考えるに当たって、スウェーデン国民の選択は、一応押さえておいた方が良いのだろうなあ、と思います。

(PHP新書 2010年8月3日発行 700円+税)アマゾンへのリンク

「名もなき受刑者たちへ」 本間 龍2010年11月11日 02時19分

栃木県の黒羽刑務所に服役中の体験を書いた本である。

この手の本では、元国会議員の山本譲司の「獄窓記」や「累犯障害者」が有名である。時期は異なるが、著者は山本氏と同じように、黒羽刑務所の「16工」で「用務者」として同囚の面倒を見ていた。 「16工」というのは他の囚人と一緒にできない障害者、高齢者、そして同性愛者を集めた16工場のことである。そして、「用務者」とは、囚人でありながら「計算係」、「運搬係」、「衛生」、「指導補助」などの刑務所内の運営を手伝う者のことである。

妙に明るいのである。山本氏の著書が、障害者や痴呆症の高齢者のことを描いて暗~いのに比べ、本書に描かれている服役者は妙に明るい。言っても効果がないから私語を大目に見られる(本来は御法度)、工場に行くときの服装チェックも省略。そして何より、「オカマ」たちの存在が大きい。(本書にならって「オカマ」と書く。気に障ったらゴメン)
「オカマ」たちは、作業着の裏に石けんを擦り付けて良い匂いをさせる、おねえ言葉で私語をして注意は聞かない、などがありつつ、移動の際には知的障害者や高齢者の手を引いてあげる、下の世話をする、など数々の優しさを見せる。だから、知的障害のある服役囚は「ここならみんな優しくしてくれるから、俺はここがいちばん好きなんだ」と言う。
なんとも、やりきれない。
もちろん、著者は刑務所をユートピアだなんて思っていない。刑務所では、何の積極的治療もされないこと、就職が困難で、刑務所に戻る以外に生きていく方法がないこと、などを指摘する。
衝撃なのは、「16工場」の囚人より、さらに作業ができない重度者のための「養護工場」があるということだ。
刑務所とは、本来、罪を犯した人を矯正するところである。しかし、本当に罪を犯したかどうか定かでなく、しかも、なんでここにいるのかも分からない人間を収容しておくことにどういう意味があるのだろうか。
軽いタッチで書いてあるが、本来は重い課題の書。刑務所内の一面を知りたい方のために。

(宝島SUGOI文庫 2010年11月19日発行 457円+税) アマゾンへのリンク

「先生、カエルが脱皮してその皮を食べています!」他 小林 朋道2010年10月18日 01時17分

鳥取環境大学の小林先生のシリーズである。

前回「シマリス」で書いたように、残りの3冊を一気に買って一気に読みました。

「先生、巨大コウモリが廊下を飛んでいます!」
「先生、カエルが脱皮してその皮を食べています!」
「先生、子リスたちがイタチを攻撃しています!」

さすがに4冊をまとめ読みするとマンネリ、という気がしなくもないけれど、どれもみな楽しく読めました。
「シマリス」と同様、小林先生は、興味の赴くままに野山を駆けめぐり、動物たちと触れ合い、実験し、考察します。
想像したとおり、色々と大学の雑事などに悩まされているようですが、それらにも負けず、センスオブワンダーに導かれて、動物の行動を明らかにしていきます。

生後10日ほどで、まだ目も開かないシマリスの子どもが、どうやって捕食者であるイタチを撃退するのか?
ヒミズ(モグラの一種)を丸呑みにしたまま死んでいたジムグリ(ヘビの一種)の体に開いていた穴の原因は?
湖の中の無人島に、なぜ牝鹿が1頭で暮らしているのか?

答えのある質問もあれば、わからない質問もあります。大切なのは、可能な限り事実を集めて、しっかり考えることだと思います。

動物の行動を人間の言葉で説明する、いわゆる擬人化による解釈は、学問の世界では避けるべきだとされています。
しかし、先生は、場合によってはタブーを恐れず、動物に感情があるかのように説明します。
これは、先生が人間の行動も動物行動学の原理で説明しようとすることと表裏の関係にあるのだと思います。例えば、火事や事故の現場「ヤジ馬」が集まるのは、動物が捕食者から一定の距離を置いて警戒的な動作や発声をする「モビング」の一種ではないかと考えます。

面白くためになる、読んで損のない本です。
全部、とは言いませんが、どれか一冊読んでみてはいかが?

あと、想像ですけど小林先生は、きっとアイザック・アシモフの科学エッセイのファンだと思うなぁ。絶対だよ。

「先生、巨大コウモリが廊下を飛んでいます!」
(築地書館 2007年3月23日発行 1,600円+税) アマゾンへのリンク
「先生、カエルが脱皮してその皮を食べています!」
(築地書館 2010年4月25日発行 1,600円+税) アマゾンへのリンク!
「先生、子リスたちがイタチを攻撃しています!」
(築地書館 2009年7月15日発行 1,600円+税) アマゾンへのリンク
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