「なぜ絵版師に頼まなかったのか」 北森 鴻2010年11月01日 21時50分

妙ちきりんな題名である。絵版師ってなんだ?
ここで、ミステリファンならば「ハハン」と気づかなければならない。 本書に収められているのは、表題作の他「九枚目は多すぎる」、「執事たちの沈黙」など5編。そう、みな有名な作品名のもじりになっているのだ。

ときは明治13年。明治初年生まれの冬馬は身寄りを亡くし、ベルツ教授の住み込み給仕となる。そして二人は、身近に起こる奇妙な謎を解いていく。

登場人物が良い。ベルツ教授は「ベルツの湯」や「ベルツ水」で有名な実在の人物。その他にも貝塚発見で有名なボース、法学のボアソナードなどが登場する。ベルツ教授はとんでもない日本びいきで、有田焼の花瓶に日本酒を入れ、打ち掛けを部屋着にしてくつろいでいる。他の登場人物も、皆ちょっと変わっている。
中でも、旗本崩れで新聞記者から骨董屋、文士と職を転々と変え、その度に名前も変えてしまう市川歌之丞(扇翁、奇妙斎、鵬凛など)が無責任男のような頼りがいのあるイイ男のような良い味をだしている。

ただどうも、話が軽い。もうちょっと謎が重くても良い。明治の雰囲気が重くても良い。ストーリー展開が重くても良い。素材は良いのだからね。
今後に期待、と思って読んでいたのだが、解説によると著者は48歳で早世したとのこと。若いのにもったいない・・・。合掌。

(光文社文庫 2010年10月20日発行 552円+税) アマゾンへのリンク

「永遠の0」 百田 尚樹2010年11月03日 22時14分

R40本屋さん大賞第1位だそうだ。「R40」ってなんだろう?

大学卒業後、司法試験への熱意を失いかけている主人公と姉の二人が特攻で戦死した祖父のことを尋ねに、戦友の元を尋ね歩く。
最初に尋ねた元搭乗員から、祖父のことを「海軍航空隊一の臆病者だった」と言われショックを受ける二人。しかし、その後も生き残った人たちに話を聞き続ける。
一緒に真珠湾攻撃に参加した搭乗員、ラバウルとガダルカナルで消耗戦を戦い、今、ガンで死の床に就いている老人、整備兵、元特攻隊員たち、飛行訓練生たち、祖父との空中戦を望み果たせなかったヤクザ。
一人一人の話を聞くうちに明らかになってくる祖父の素顔。そして思いも寄らなかった真実が明らかになる・・・。

ワタクシは飛行少年だったので、戦争と飛行機の話は一般の方々よりは詳しい訳です。解説の児玉さんと同様、坂井三郎さんの「大空のサムライ」は愛読いたしました。坂井さんの「生き残るための執念」は、本作品にも影響を与えていると思います。

あの戦争は何だったのだろうか。戦争の中を生きてきた人たちは何を考え、感じていたのか。戦争モノと云うことで敬遠しないで、是非読んでいただきたい。人が意志をもって生き、死ぬこと、そして運命というものを考えさせられます。

(講談社文庫 2009年7月5日発行 876円+税) アマゾンへのリンク

「空の彼方3」 菱田 愛日2010年11月07日 23時28分

3巻で完結いたしました。ちょい残念です。
もっとダラダラと続けてほしかった。

いわゆるファンタジー系のライトノベルです。
主人公のアルフォンソは父親に反発して家を出た元貴族。ひょんなことから傭兵ギルドの一員となる。
彼が密かに思いを寄せているソラは陽の当たらない地下で防具屋を営んでいる。ソラの店で武具を買うには3つの約束を守らなくてはならない。
一つ、この街に住みこの街を帰ってくる場所と決めていること
二つ、この街に生きて帰ってくるため、最大限の努力をすること
三つ、この街に帰ってきたら店に顔を見せて、旅のできごとを話すこと。
ソラの店の壁には、旅に出た者たちの名前を記した紙片が貼られている。帰ってきて旅の出来事を語るとそれが外される。
そして、壁の一番隅には、一枚の古びた紙片が外されることなく貼られている・・・。

登場人物が、皆、厳しくも優しい。傭兵ギルドのボスのラヴィアン、騎士団に所属するマリアベル、傭兵ギルドにアルフォンスを連れてきた豪放磊落でがさつなディラン。

それぞれの想いの中で、静かに、静かに時は流れていきます。感情をほとんど表さない、それでいて真っ直ぐなソラの瞳が、全編に静謐な印象を与えています。
アルフォンスの想いは通じるのか、父との確執は・・・。

(メディアワークス文庫 2010年10月25日発行 683円+税) アマゾンへのリンク
空の彼方 アマゾンへのリンク
空の彼方2 アマゾンへのリンク

「名もなき受刑者たちへ」 本間 龍2010年11月11日 02時19分

栃木県の黒羽刑務所に服役中の体験を書いた本である。

この手の本では、元国会議員の山本譲司の「獄窓記」や「累犯障害者」が有名である。時期は異なるが、著者は山本氏と同じように、黒羽刑務所の「16工」で「用務者」として同囚の面倒を見ていた。 「16工」というのは他の囚人と一緒にできない障害者、高齢者、そして同性愛者を集めた16工場のことである。そして、「用務者」とは、囚人でありながら「計算係」、「運搬係」、「衛生」、「指導補助」などの刑務所内の運営を手伝う者のことである。

妙に明るいのである。山本氏の著書が、障害者や痴呆症の高齢者のことを描いて暗~いのに比べ、本書に描かれている服役者は妙に明るい。言っても効果がないから私語を大目に見られる(本来は御法度)、工場に行くときの服装チェックも省略。そして何より、「オカマ」たちの存在が大きい。(本書にならって「オカマ」と書く。気に障ったらゴメン)
「オカマ」たちは、作業着の裏に石けんを擦り付けて良い匂いをさせる、おねえ言葉で私語をして注意は聞かない、などがありつつ、移動の際には知的障害者や高齢者の手を引いてあげる、下の世話をする、など数々の優しさを見せる。だから、知的障害のある服役囚は「ここならみんな優しくしてくれるから、俺はここがいちばん好きなんだ」と言う。
なんとも、やりきれない。
もちろん、著者は刑務所をユートピアだなんて思っていない。刑務所では、何の積極的治療もされないこと、就職が困難で、刑務所に戻る以外に生きていく方法がないこと、などを指摘する。
衝撃なのは、「16工場」の囚人より、さらに作業ができない重度者のための「養護工場」があるということだ。
刑務所とは、本来、罪を犯した人を矯正するところである。しかし、本当に罪を犯したかどうか定かでなく、しかも、なんでここにいるのかも分からない人間を収容しておくことにどういう意味があるのだろうか。
軽いタッチで書いてあるが、本来は重い課題の書。刑務所内の一面を知りたい方のために。

(宝島SUGOI文庫 2010年11月19日発行 457円+税) アマゾンへのリンク

「スウェーデンはなぜ強いのか」 北岡 孝義2010年11月24日 01時13分

スウェーデンっていうと、何となく「福祉の進んでる国」とか「税金が高い国」っていうイメージの人って多いんじゃないかと思う。

本書で描かれているのは、経済学者の目から見たスウェーデンの姿である。
スウェーデンにおいても少子化と不況の影響は大きい。高福祉・高負担の政策を維持するためには、国民に更に負担を求めなくてはならない状況は他国と同様である。そこでスウェーデン国民は目先の利益ではなく、制度が持続可能な、信頼するに足るものかどうかで判断する。

お~い、スウェーデン国民、何で君らはそんなにカッコいいのか。

我が日本国の民度がそれほど高いとは思えないが、この落差はなんなのか。
本書は、その原因の一つとして、国民の政府への信頼度を挙げる。スウェーデンにおける国政選挙の投票率は80%を超える。スウェーデンの政治家は、明確なビジョンを示し、全ての情報を開示する。国民はそれに基づいて議論し、判断する。
我が国においては・・・(以下省略)。
結果として、スウェーデンでは高福祉を選択し、女性の就業率が高くなるとともに、他産業への転職が容易になっている。
日本の現状を考えると、常勤就労し・自宅所有・貯蓄有りという階層が安定した生活と生活に変動があった場合の保障を確保しているのに比べ、非常勤・借家・貯蓄少額という層が極めて脆弱な生活基盤しか持っていないという二極分化になっている。
年金制度の将来像を考えるに当たって、スウェーデン国民の選択は、一応押さえておいた方が良いのだろうなあ、と思います。

(PHP新書 2010年8月3日発行 700円+税)アマゾンへのリンク
アマゾンへのリンク