「地図と愉しむ東京歴史散歩」 竹内 正浩2012年01月04日 02時00分

はっきり言って類書は多い。
昔の地図と現在の地図の比較、古写真と同じ場所で撮った現在の写真との比較、など豊富に出版されている。
本書がそれらの本とどう違うのか。中々に微妙で明確に言い難い。無理して整理してみると、以下の点か。

・文章と地図、写真の割合が絶妙である。
・文章の中のウンチクが楽しい。
・昔の地図と現在の地図の大きさ、方向等がぴったり一致している。

実は最後の、地図がぴったり、というのが大きい。両方の地図を見比べながら、何が変わって何が変わっていないか、変わった所はなぜ変わったのかを確かめられる。現在の道路が昔の小さな道路だったり水路の後だったり、海岸線だったり・・・。

荒川は明治期に作られた人工河川、と言われてもピンと来ないが、全く同じ場所の地図を並べて、今の荒川の場所に田畑、住宅地、鉄道まであったのを見ると愕然としてしまう。

地図をじっくり見ていると色々と発見があり、普通の本の3倍は楽しめます。2011年のベストです。お薦め。

(2011年9月25日発行 中公新書 940円+税) アマゾンへのリンク

「現代落語の基礎知識」 広瀬 和生2011年06月25日 00時00分

先日、職場の飲み会で妙に狭い居酒屋に行ってしまい、思わず 「十姉妹じゃないんだからサ、そんなに狭いところに並ばなくても」 と言ったら、若い人にきょとんとされてしまった。
そう言えば、日常会話で「まんじゅう怖い」とか「ひとつ、ふたつ・・・今、なんどきだい?」とか言っても、まず通じない。
今の若い人が間違いなく知ってる落語は「じゅげむ」くらいらしい。会話って単語の意味さえ分かれば通じるものではなく、共通の基盤を必要とするんだなあって、しみじみ思うのであります。

と云う訳で本書です。
前半は、落語に関連する言葉をネタに著者の落語に関する思いを語っている。
後半は、1960年生まれの著者が、現在に至るまでの落語体験にからめて、落語の変遷を示す。

これらは、表題に反して、知識を伝えるものではありません。言葉の説明を通して、著者の落語感を述べています。それは一言で言って、「落語は落語家が語るものだ」ということです。
当たり前と言えば当たり前のことですが、落語が古典芸能として、古典をいかに再現するか、となってしまっては死んでしまう、と著者は主張します。「昭和の名人」は自分の芸を創ったから名人なのであって、古典を継承したからではない。

本書を読んでいると、立川談志の凄さ、というものを感じます。
伝統を壊すのではなくて、新しい伝統を創る、という壮絶な生き方を貫くことの凄さです。

改めて落語が聞きたくなる本です。

(集英社 2010年10月10日発行 1100円+税)アマゾンへのリンク

「巨大翼竜は飛べたのか」 佐藤 克文2011年05月06日 00時00分

本書の大部分は翼竜の話ではない。
著者は海で暮らす(海鳥も含む)現生動物の行動学が専門である。
著者は、色々な動物に、温度センサー、加速度センサー、圧力センサー、果てはカメラなどを取り付けてその行動を解析する。例えば加速度センサーを使えば、その生き物が、どのくらいの加速度で移動するかはもちろん、どのくらいの周期で羽ばたくかが分かる。
機器を装着するときに、生き物の重さや大きさを測定すれば、それらと移動パターンとの関係が研究できる。
こう書くと単純そうだが、対象が生き物であるだけに、色々な要素が関係する。ただのんびり泳いでいるのか、餌を探しているのか。動物同士を比較するなら、条件を揃えなくてはならない。
現場で一つ一つ問題を解決して、丁寧にデータを分析して、著者は、動物の体の大きさと、移動速度、羽ばたきの周期の関係に仮説を立てる。その過程は実にスリリングである。
結果的に、最後の最後で翼竜の話になる。巨大翼竜は飛べない、という結論には説得力がある。誤解しないでほしいのは、著者が主張しているのは、現生動物の体重と羽ばたき周波数の関係を翼竜に適用すると巨大翼竜は飛べない可能性が高いという仮説である。
仮説であるから、当然、色々な反証があり得る。我々は、予想外の結論に驚くのではなく、そこに至るまでのデータ集めと論理を味わうべきであろう。
個人的には、巨大翼竜が飛べないとすると、あの翼は何なのだ、とは思う。走りながらバタバタ羽ばたくだけだとすると、相当邪魔であろう。配偶者へのディスプレイに使うのだろうか?あっという間に絶滅しような気がする・・・。

(平凡社新書 2011年1月14日発行 900円+税) アマゾンへのリンク

「トラウマ映画館」 町山 智浩2011年04月24日 01時19分

トラウマ映画館表紙
トラウマ映画とはなんぞや?
著者が観て衝撃を受けて忘れられなくなった映画、でも映画史からは忘れられ、DVD化もされていない作品が多い。
なぜそんな映画を著者は観ているかというと、小中学生が観られる時間帯に、テレビで放送していた、からである。あまり話題にならなかった外国映画は、まとめて、あるいは有名映画と抱き合わせで、放送権が売られていたようで、何度か放映されていたのである。
こういうと、駄作、あるいはゲテモノ映画のように思われてしまうが、そんなことはない。今どきのハリウッド映画のように、万人向けのハッピーエンド映画ではないかも知れない。でも、表現したいことを自由に作っている。
著者は、一つ一つの映画のどこが自分の心に引っかかったのかと、これらの映画が他の作品に与えた影響などを丁寧に記述していく。それぞれの俳優さんのエピソードなども興味深い。
お恥ずかしい話、私は、紹介されている映画25本を、一本も観ていない。それでも本書は実に楽しい。(関連する作品や紹介されている俳優さんには知っているものもあるからかも知れないが)
久しぶりの一気読みである。お薦め。

(集英社 2011年3月30日発行 1200円+税) アマゾンへのリンク

「日本SF精神史」 長山 靖生2011年03月13日 00時00分

名著である。
なんたって、日本SF大賞と星雲賞のダブル受賞である。

「精神史」という題名からは、一瞬、なにやら胡散臭いモノを感じてしまったが、読んでみると全然そんなことはない。極めて真面目に日本のSFの流れを追ったものである。
幕末から明治にかけての創作や翻訳、それらは架空の旅行記や未来旅行記の形になっているものが多かった。当時は、「物語」というのは、主張したいことを語る手段だったんだろうと思う。それにしても、明治の初期から外国の出版物を、比較的間を置かずに翻訳しているパワーには感心する。

SFは、他の小説と較べると、時代を超越しているというか、時代背景と関係なく読めてしまうところがある。しかし、当然ながら、それぞれの作品は、その時代の精神を反映している。
本書は、時代順に個々の作品を紹介すると共に、それらの作品に現れている、その時代の精神を整理して示してくれる。
科学技術へのあこがれと、あるべき日本の姿を描く明治期。探偵小説への接近と、軍事小説へ傾斜していく戦前戦中期。科学による復興と娯楽小説指向が高まる戦後。

SFファンには、SFを読むようなハラハラドキドキのひとときを提供してくれる。SFファン以外の人には・・・新しい事を知る知的興奮が好きな人にはお勧めである。

(河出書房新社 2009年12月30日発行 1200円+税) アマゾンへのリンク
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